The Passing : Events


Home | Preface | Archive | Thinkers | Events | Books | Links


Events

展覧会、講演、公演などについての覚え書き

2009 < 2008 < 2007 < 2006 < 2005 < 2004

La mostra " Una stanza tutta per sé "Castello di Rivoli Museo d'Arte Contemporanea, Torino - ITALIA, 2008年4月1日〜2009年1月18日)
各部屋ごとにひとりの作家の作品を展示した「自分だけの部屋」(ヴァージニア・ウルフ)。

リーヴォリ城内部の壁面や天井には、まだところどころかつての絵画や模様が残っており、近代的な美術館らしい白い壁面から顔を覗かせている。この不思議な展示空間のなか、ジルベルト・ゾリオやジュリオ・パオリーニなどの作品で占められた部屋をひとつひとつ訪ね歩いていくと、いつでもかすかにローリエが香る。壁面すべてをローリエの葉で囲んだジュゼッペ・ペノーネの作品から漂ってくる香りだ。

部屋のそれぞれは、ただひとりだけの作品で満たされている。だからか、どの部屋も、回顧的だったり、ときには自伝的であったりすらする、作家ひとりひとりのためだけの空間となっているように見える。けれども香りは、そうした壁など気にすることなく漂って、自分のための部屋に留まりもしなければ、他人のための部屋を避けたりもしない。すると、自分のための部屋というのは――「部屋」というものも、そして「自分」というものも――あくまで見えるものと触れうるものでしかないのかもしれない。

(2008年8月21日)

L'exposition " Giuseppe Penone "Marian Goodman Gallery, Paris - FRANCE, 2008年5月30日〜7月12日)
ギャラリーの二部屋を使ったジュゼッペ・ペノーネの個展。

樹木や岩石や皮膚のモチーフを好むペノーネのこと、今回の展示でも、ブロンズ製とおぼしき樹皮が無数に床に敷かれ、拡大された皮膚とおぼしき紋様が真っ黒なカンヴァスに黒い鉛筆で塗り込められている。大きな天窓にも、日が強く差したときだけ、皮膚のような紋様が浮かび上がる。

擬態にも似て、木が木になり、石が石になるだけでなく、布やガラスが皮膚になり、ブロンズが樹皮になり、指紋が年輪になるペノーネの作品の数々。〈生物/無生物〉〈有機物/無機物〉といった境界をあやふやにするものとの印象を一方では受けつつも、他方では、「自然の模倣」というプログラムにこれほど忠実な芸術はないのかもしれないと、ふと思う。

(2008年6月19日)

L'exposition " Traces du sacré "Centre Pompidou, Paris - FRANCE, 2008年5月7日〜8月11日)
「聖なるもの」を主題に、一九世紀末のロマン主義や象徴主義の絵画から今日のインスタレーションまでをあつめた展覧会。

いかなる宗教との一義的な関わりをも絶ったかに見える、現代の芸術。それでも、現代の芸術について語ろうとすると――ジョルジュ・ディディ=ユベルマンの指摘を待つまでもなく――宗教経験のなかで培われた「聖なるもの」についての語り口が、往々にして顔を覗かせてしまう。二四の部屋に区切られた三五〇点にも及ぶ作品を見ながら、この古ぼけた「聖なるもの」についての語り口の生き残りがある意味で必然なのかもしれない、との感慨を抱く。芸術家たち自身が、まさに「聖なるもの」を象ろうとして作品を生み出しているのだから。

とはいえ、この現代芸術のなかに生き残った「聖なるもの」の言い知れぬ重苦しさは、いったいなんなのだろうか。あまりにも真摯に意味を詰め込もうとしすぎていて、悪趣味でつまらない判じ絵にしかならない危険に、大半の作品が陥ってしまっているようにも見える。パラドクシカルなことに、「真摯」であればあるほど、「聖なるもの」は損なわれている。逆に言うならば、この展覧会ではわずかにしか見られない「笑い」のなかでこそ、「聖なるもの」は生き残れるのかもしれない。ヤウレンスキーによるコミカルな肖像を見て、ようやく一息つきながら、そうした考えが頭をよぎる。けれども、そのとき、もはやそれを「聖なるもの」と呼ぶ必要があるどうかはわからない。真摯さも、衒いも、神秘も欠いたそれを。

(2008年6月19日)

L'exposition " Richard Serra. Promenade " (Grands Palais, Paris - FRANCE, 2008年5月7日〜6月15日)
リチャード・セラによるグランパレのためのインスタレーション。

さながら巨大な温室のようになったガラス張りの鉄骨建築のなか、これも巨大な鉄板が五枚、空に向けて屹立する。垂直というにはやや傾いた鉄板は、率直なところ、グランパレの広大な空間に対していくぶん存在感が薄く、いつものセラの作品がもっている空間が迫り来るような感覚には乏しい。水平にではなく垂直にそびえているのも、その印象を強めているだろう。とはいえ、この五枚の鉄板が標識となり、グランパレ内部の広がりが眼に見えるものになっているように思う。ぽっかりと空いた広がり、ところどころに障害物。なんともボールをもってきて遊びたくなる空間。

(2008年6月9日)

L'exposition " La Photographie timbrée. L'inventivité visuelle de la carte postale photographique au début du XXe siècle "Jeu de Paume - Hôtel de Sully, Paris - FRANCE, 2008年3月4日〜6月8日)
二〇世紀はじめの写真絵はがきをあつめた展覧会。

小さな会場を構成する四部屋のうちひとつがポール・エリュアールの個人コレクションで飾られているように、おもにシュルレアリストたちに関心をもたれていただけあって、展示されている写真絵はがきはどれも機知とユーモアを見せる。けっして展示点数が多いとは言えないものの、楽しみながら見ているとそれなりの時間が経っている。

展示された絵はがきには、思ったほど「風景」がなく、むしろ「肖像」が目につく。そろってポーズを決めた家族写真の絵はがきは、一方では日本の年賀状を思い出させなくもないが、それよりも一七世紀オランダの集団肖像画をおもわず思い浮かべてしまう。仮装が仮装であることをあからさまに示している不可思議な肖像。誇示でも、偽装でも、儀礼でもなくて、ちょっとした遊戯のように。

(2008年6月3日)

L'exposition " Louis Marin. Le pouvoir dans ses représentations "Institut National d'Histoire de l'Art, Paris - FRANCE, 2008年5月29日〜7月26日)
フランスの哲学者ルイ・マランによる美術史への寄与を、ヴェルサイユ宮殿とディズニーランドについてのふたつの研究から浮き彫りにした展覧会。

入口に立っただけで一望できてしまう小さな部屋のなか、マランの声が流れている。フランス文化放送のラジオ番組として生前に放送されたインタビューの録音だという。そこに、マランの手稿や著作の各国語訳、社会科学高等研究院の授業でもちいていた資料やスライド、親交のあった写真家フレッド・ロニダーやアラン・セクーラのインスタレーション作品が展示されている。自由に手に取ることのできるカタログには、マランによるヴェルサイユ宮殿論とディズニーランド論のほか、ジョヴァンニ・カレーリとグザヴィエ・ヴェールによる論考がおさめられている。

二〇世紀の記号論の立役者のひとり、もしくは、権力の表象と表象の権力の分析の先覚者のひとり。そう回顧して、マランのことを忘れ去ることもできるかもしれない。ヴェルサイユ宮殿、ディズニーランド――歴史のなかの権力の記号や表象の権力を分析すること、その理論化を試みることなら、もはやあまりに溢れかえっていて、マランのことを思い出す余地はそれほどないとも言ってしまえる。けれども、実のところマランの試みをそんなふうに忘れ去ることはできない。マランの試みは、歴史のなかから権力=表象の理論をとりだすといういまや溢れかえっている分析とはまったく逆に、権力=表象の理論のほうをこそ歴史化するものだったろう。そしてこの試みは、いまだあまりに少なく、端緒に就いたばかりのように思う。

「歴史」から抽象され「歴史」から離れるほど「理論」は純粋になるとの考えを、マランははっきりと拒否する。まして歴史や事実が理論によって「構築」されるなどと考えはしない。「いくらかの理論なしには歴史を書くことはできず、かなりの歴史なしには理論を打ち立てることはできない」。これはユベール・ダミッシュのことばだが、マランのことばと考えてもそれほど違和感はないように思う。たしかにマランは、権力=表象を分析し、歴史を理論化していく。けれども、それはまさしく、その分析が拠って立つ理論自体を歴史化していくことの裏面にほかならない。歴史は、そこから権力=表象の一般理論が引き出されるような素材ではないし、その事例でも図解でもない。ヴェルサイユ宮殿、ディズニーランド――これらによって、一般的で抽象的と思われた権力=表象の理論が、その歴史性をあらわにしていくことになる。

歴史を理論化すると同時に、なによりも理論自体を歴史化する。それは、歴史主義と構築主義が同じ陥没に帰着することが明白になっている今日にこそ、必要とされている方法だろう。けれども逆説的なことに、こうして明らかになる理論の歴史性は、「ユートピア」の性格をもつように見える。それ自体が理論であるような歴史としての「理論的対象」は、マラン自身が示唆したようにアナクロニックなもので、さらに「ユートピア」的なもののようでもある。ヴェルサイユ宮殿、ディズニーランド――ユートピア。だから、ルイ・マランはなによりもユートピアについての哲学者であり、ユートピアの思索者だったように思えてしまう。

(2008年5月29日)

Conférence de Giorgio Agamben " La signature des choses "Institut National d'Histoire de l'Art, Paris - FRANCE, 2008年3月29日)
イタリアの哲学者ジョルジョ・アガンベンによる「signatura」をめぐっての講演会。

講演はパラケルススによる「signatura」の議論からはじまった。恣意性にもとづく「記号」概念に対比的に触れつつ、自然の事物と一致する言語(堕罪以前にアダムの話していた言語)としての「signatura」のことを、アガンベンは、パラケルススのあげる四つの事例――治療薬となる植物のなかに隠されたしるし、ユダヤのしるし、硬貨のしるし、職人が作品につけるしるし――から特徴づける。これらの事例から導かれるのは、「signatura」はそれが刻み込まれている対象それ自体についてなにも語らない、ということである。対象の形式についても、素材についても、内容についても語らない、「中身のない」「signatura」。この「signatura」の最大の事例は、キリスト教の「秘跡」であるという。秘跡は、聖なるもののたんなる記号なのではなく、なによりも「効力〔efficacité〕」という観点から捉えられるべきものであることが、アウグスティヌスの議論からひきだされる。

そして、秘跡と同様のものとして問題にされていた魔術のイメージ(「タリスマン」)へと議論は移り、アビ・ヴァールブルクのスキファノイア宮の分析が参照される。タリスマンは「表象せずに作用する」イメージ、つまり「image-opération」である。それと同時に、このことを示したヴァールブルクにとって、写真がまさにこうしたイメージにほかならなかったという。つまり、ヴァールブルクのムネモシュネ・プロジェクトの写真の数々は、たんに作品の複製なのではなく、むしろタリスマンのように「効力」と「作用」が――ヴァールブルクの言う「西洋の記憶」――充填されたイメージであり、そこに「情念定型(パトスフォルメル)」という名の「signatura」が見いだされるのだと、アガンベンはいう。

ここから、アガンベンはあらためて「記号」と「signatura」の関係を問いなおす。フーコー『語と物』のなかでルネサンスのエピステーメとして論じられた「signatura」は、記号学と解釈学のはざまにあるが、今日の記号概念からは失われている。この中身なき効力、表象なき作用としての「signatura」を問題化しなおしていた――言語学がけっして説明しえないものとして――のがエミール・バンヴェニストであり、その〈記号論/意味論〉という二重の意味形成についての議論だという。

そのあとアガンベンは、啓蒙主義とともに西洋から消え去った「signatura」がかたちをかえて一九世紀以降に再出現していたという仮説のもと、カルロ・ギンズブルグの論文「徴候」を導きにモレッリとフロイトを概観し、さらにベンヤミンの考える歴史とモード、そして二〇世紀後半の人文科学における「零度」概念(アリストテレス的な欠如態の再来)およびその展開ともいうべきクロード・レヴィ=ストロースの浮動のシニフィアンとジャック・デリダの脱構築に触れていく。そしてレディメイドの問題をもこの延長線上に位置づけつつ、講演は――問いは開いたままに――閉じられた。

記号学との対決という点では(そしてもちろんパラケルススから出発するというその手つきの点でも)『スタンツェ』の、とくにその最終章の延長にあるともいうべき今回の講演だが、アガンベンにとってのヴァールブルクとバンヴェニストの重要性が浮き彫りにされていたのが個人的にはもっとも印象に残る(講演後半の一九世紀以降についての議論はいくぶん概観におさまっていて、加えてパトリシア・ファルギエールによる質疑に答えるかたちで触れられたドイツロマン主義ないし観念論における神話論への批判もいくぶん言及だけにとどまった感があり、パラケルススからバンヴェニストにいたるまでの講演前半の示唆的な分析に比べれば、それほど関心を惹かなかったというのが偽らざるところだろうか)。

とくにヴァールブルクにおける写真を問題にするその手つきが鮮やかで、今回の講演でもっとも示唆に満ちていた箇所だったように思う。「モンタージュ」という視点からのジョルジュ・ディディ=ユベルマンによる分析でもおそらく解明されたとはいいがたいヴァールブルクのムネモシュネ・プロジェクトを考えるうえでも、またアーカイヴやコレクションのことを考えるうえでも、効力と作用を考慮する――むしろあらためて別の仕方で問題化する――必要があるかもしれない(同じくファルギエールが質疑の折にコレクションに署名や捺印をする行為について触れたが、それも、すこし異なるレヴェルの話とはいえ、ここに関わってくるかもしれない)。

もうひとつの主柱ともいうべきバンヴェニストについての議論は、残念ながらあまりうまく理解できなかったが(バンヴェニストをめぐってのジョヴァンニ・カレーリとの質疑応答も含めて)、質疑でなされた「signaturaによる固有化(署名によって所有すること)」の問題(とりわけ法的な問題)に対して積極的に答えようとするなら、アガンベン自身は応答のなかで触れなかったものの、バンヴェニスト的な話す主体の問題に結びくことになるのかもしれないとふと思う。

(2008年3月29日)

L'exposition " Gustave Courbet " (Galeries Nationales du Grands Palais, Paris - FRANCE, 2007年10月13日〜2008年1月28日)
ギュスターヴ・クールベの大規模な回顧展。

クールベよりまえには、絵画に対して「リアリズム」という語がもちいられることはなかった。チャールズ・サンダーズ・パースは美術史の領域で使われる「リアリズム」という語をまったくの誤用として嫌悪していたにせよ、美術史はもはやこの語をもちいずにすますことはできない。それでも、肖像から風景まで、風俗から寓意まで、クールベの生涯にわたる絵画をまえにして戸惑ってしまうのは、今日ではなぜこれが「リアリズム」なのかが理解しがたくなっているからだろう。気障に構えた自画像、不思議な構図の風景画、奇抜な状況の風俗画。さらには、今回の展示でもっとも惹きつけられた《画家のアトリエ》の、なんとも謎めいて神秘的な雰囲気。この《画家のアトリエ》の副題には、「わたしの芸術人生の7年間の一段階を決定する現実的寓意」とある。

一四世紀トスカナ絵画に対して、一七世紀オランダ絵画に対して、二〇世紀ハイパーリアリズムの絵画に対して、なんの気なしに繰り返される「リアリズム」「リアリスティック」という語。けれども、クールベの絵画がはじめて絵画に「リアリズム」をもたらしたのだとすれば、絵画の「リアリズム」は、いわばトロンプルイユの伝統とはまったく異なる系譜に属するのではないだろうか。もし単純に考えることができるのなら、絵画の「リアリズム」は、手法としてではなく主題として成立したのかもしれない。神話物語ではなく同時代の社会を描く、アナーキストにして社会主義者クールベ。だからこそ「寓意」は「現実的」たりうる。この「リアリズム」が「ドキュメンタリティ」なのかどうかは、わからない。

絵画の「リアリズム」が手法のレヴェルのものと混同され、トロンプルイユの系譜と混淆してしまったのは、いつからなのだろうか。それも実はクールベの時代からそう隔たってはいないのかもしれない。かの《世界の起源》のかたわら、当時のよく似た構図のポルノグラフィックなステレオスコープを覗き見て、ふと思う。トロンプルイユは一九世紀に数々の視覚装置へと姿をかえ、クールベのまわりに溢れていた。いつでも混同の起こりうる状況だったのかもしれない。それにしても、ステレオスコープを片目で覗いているひとがひとりならずいて、一九世紀の視覚装置の伝統がほとんど潰えていることをあらためて知ることになった。

(2008年1月24日)

L'exposition " Giuseppe Arcinboldo 1526-1593 "Musée du Luxembourg, Paris - FRANCE, 2007年9月15日〜2008年1月13日)
ジュゼッペ・アルチンボルドをめぐる展覧会。

アルチンボルドへの言及がなされているというロマッツォの著作の展示からはじまる会場は、思っていたほどの広さはない。いわゆる典型的にアルチンボルド的な絵画作品のほか、初期のアルチンボルドによるとされる(いささか凡庸な)肖像画や、同時代の精巧な博物学図版と工芸品などがあわせて展示されており、展覧会全体の意図としてはアルチンボルドを一六世紀文化の文脈に位置づけようというものだったように思う。

一方では美術史的にやや浮いている印象があり、他方では文化史的にあまりに典型と思わせてしまうアルチンボルドの数々の絵画作品。同時代史料を多く展示した今回の展覧会は、当然のことながら後者に比重がおかれている。アルチンボルドの絵画が同時代の博物学趣味ととりもった関係が浮き彫りにされ、また逆に、いわゆる「科学的な」と呼ばれる精巧な描写の博物学図版がアルチンボルド的な奇想趣味と無縁でないことも示唆され、いくつもの発見をさせてくれる展覧会となっていた。

けれども、そうして、アルチンボルドの絵画も一六世紀の図版や工芸品もすべて「奇想」「驚異」のたんなる図解へと還元されてしまう。そこにいくばくかの違和感を感じてしまうというのも、たしかなことのように思う(アルチンボルドの孤独な天才を讃えることよりは違和感はないにしても)。かつての精神史も、いまの社会史も、同じ歴史主義の陥没に行き着いてしまう。展示を楽しみつつも、展覧会と研究とがともに直面している方法論的な問題を再認識させられることにもなった。

(2008年1月6日)
2009 < 2008 < 2007 < 2006 < 2005 < 2004